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たそがれて、癒される…映画「めがね」

こんにちは、坂本です!
今日はたそがれ映画「めがね」について書こうと思います。


(あらすじ)南の小さな島にひとり下り立ったタエコ(小林聡美)は、その島で民宿「ハマダ」で飄々と仕事をする主人ユージ(光石研)やいつもぶらぶらしている高校教師ハルナ(市川実日子)、常に笑顔で島の人々にカキ氷をふるまうサクラ(もたいまさこ)と出会う。マイペースで奇妙な彼らに振り回され、一度はハマダを出ようとするタエコだったが、自分なりに「たそがれる」術を身につけていく…そして、タエコを追ってきたヨモギ(加瀬亮)を含めた5人の間には不思議な関係性が生まれていくが、そんな時間は永遠には続かない……。


 有名な映画「かもめ食堂」を監督した荻上直子監督作品でその翌年に公開された作品です。かもめ食堂で描かれたようなほのぼのとした空気感が映像を通してにじみ出てくる作品となっていて、BGM(=Back Ground Movie)としては最高の映画かなと思う作品で、なぜか癖になり何回も見直してしまう映画の一つです。しかし、飯テロ映画でもありますので夜眠れないからと言ってうかつに見ないように…笑
 この映画は物語自体に他の映画の様な盛り上がり方は存在しません。逆に他の映画で見られる物語の緊張感を完全に排して淡々と現実の中にある現実っぽくないところを微妙な塩梅で描いていることで妙に心地が良い作品となっています。おそらく、ロケーションを最大限に生かした画面構成と登場人物の役者さんの独特な個性がマッチしているからだと思います。他にも料理を作るシーンなどより丁寧な動きを取っていることや登場人物の服装がなるべく抑えられた色となっていることも要因にあるかと思います。砂浜のシーンでは、写真家の植田正治さんの作品のような画面作りされていてとてもいいです。それから、登場人物のキャラクターがとてもユニークで中でももたいまさこさんの正体不明の謎のキャラクター(もたいさんの演じる役ってなぜかいつもこんな感じなんだよね…)サクラの振舞いがとても面白くてなぜか引き込まれます。あまり登場しませんが薬師丸ひろこさんの新興宗教的(?)な主催者の役もくすっと来るところです。

 
おそらくこの作品は見た人それぞれに独特な感覚を残す映画だと思うのでぜひ見てたそがれる世界観に浸ってほしいなと思います。あと、未見の方は合わせて「かもめ食堂」、「レンタネコ」を合わせてみていただけるとこの映画がさらに面白いのではないかなと思います。

 今回はこんな感じで、ではでは…

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パリの夜に魅せられて…映画「ミッドナイト・イン・パリ」

こんにちは、坂本です!

前回記事より更新がかなり遅れてしまいました(汗)今回も前回記事に引き続き映画「ミッドナイト・イン・パリ」について書こうと思います。注:この記事はネタバレを含む映画レビューとなっておりますので、映画をご覧になった後でご覧いただくとより面白いかと思います。あと、YouTubeラジオNo.41にてこの映画について喋っていますので合わせてみていただければ幸いです。







(以下ネタバレとレビュー)
 結局、”「昔は良かったなぁ」って言ってちゃだめだよ”って話でした。
現代に生きるギルは20年代のパリにあこがれていて、その時代に生きてたアドリアナはベル・エポックの時代(19世紀末~第一次世界大戦まで)が良いと思っている。極めつけはベル・エポックに活躍していた芸術家たちは、ルネッサンスが行きたいと思っていたという…いつの時代でも人はだれしも昔は良かったなんて言うんですよ…。驚くべきことに、古代エジプト壁画から今の若者は成っていない…と昔は良かったなと言いたげな記述が発見されたようで、6000年たっても人間はほとんど成長してないなァと考えさせられるものがありますね…若しかしたら、明日がどうなるかわからない今を生きる不安から過去への逃避なのかと考えると、ギルの婚約者の友人であの厭味ったらしい似非インテリが言ってた「現実からの逃避」はあながち間違いではないのかもしれません。因みに、この映画の脚本を書いたウディ・アレン監督も20年代のパリにあこがれていた人であったようで、この映画の主人公ギルはウディ・アレン監督自身がモデルだそう。映画を見ていると演じていたオーウェン・ウィルソンがウディ・アレン監督に見えてくるから面白いですね。映画のラストで、ギルがその人の真理に気づいて現実と向き合って生きていこうと決心をした後、若い女性に走ってしまうところがウディ・アレン監督をそのまま出していて面白い所です。





この映画の一番の見所は1920年代のパリを疑似体験するというところにあります。前回記事でも書きましたが、20年代のパリは最後の芸術文化の隆盛期でこれ以降の時代では文化の主流はアメリカに移ってしまいます…(歴史的な話は長くなってしまうので割愛させていただくとして)…この最後の隆盛期である20年代のパリには、絵画の世界ではピカソやマティスに代表されるキュビズムが生まれ始め、文学の世界ではヘミングウェイやスコット・フィッツジェラルドなどの作家が登場。音楽ではコール・ポーターやジョセフィン・ベイカーらが居ました。多くの芸術家や作家、歌手が集まった主な理由として、アメリカの禁酒法と第一次世界大戦が挙げられます。
 アメリカの禁酒法は1919年~1933年まで施行されていた制度であり、公には禁酒となっていましたが多くのアメリカ人は裏社会で取引される密造酒を嗜好していたようです。(この手の話は映画「アンタッチャブル」他さまざまな映像作品で取り上げられています)そのため映画の中でゼルダ・フィッツジェラルドが「私は、密造酒が好き」と言っていますよね。(またスコット・フィッツジェラルド代表作「華麗なるギャツビー」で登場するジェイ・ギャツビーも密造酒で財を成したとされていますね)こういう時代の酒の飲みたい(笑)多くのアメリカ知識層はヨーロッパに移ってくるわけです。第一次世界大戦で戦場とならずも勝利国の一つとなったアメリカの建国以来の好景気もヨーロッパへ移る理由の一つでもあります。
 第一次次世界大戦ではヨーロッパが主戦場となり主に東欧では激しい戦闘が繰り広げられたため戦火に免れた西欧のパリ、イギリスに人々は集まったわけです。また、この戦争は芸術にも大きく影響を与えたようで、映画に登場するピカソやマティスらによって興された<キュビズム>やダリ、ブニュエルらに代表される<シュールレアリズム>は、戦争によって破壊されてしまった旧時代の宗教観や価値観に対して新たな解釈を試みようと模索した結果、生まれるべくして生まれたものだそうです。映画中ごろで出てくるT・S・エリオットも詩集「荒地」も戦後の荒廃した世界を描いたものですし、ヘミングウェイの小説「誰がために鐘は鳴る」等は戦争体験から生まれたものです。アメリカでは<狂乱の時代>と呼ばれる20年代ですが、狂乱・退廃的な世界観は戦後の疲弊した心の反動と言えます。そのため、パリにおける彼らの生活はどこか華々しさとは違うように感じられますね。しかしながら、この時代の知識人(上流社会人と言うべきか)は享楽的な生活はしていますが、やはりエリートで現代のギルの婚約者の成金家族たちや似非インテリの友人との対比は皮肉が込められているようですよね。
 話が変わりますが…遊園地のパーティーのシーンではチャールストンと言うジャズ音楽が使われています。20年代に入るとジャズが広まり、ジャズに合わせて踊る足をはねながら踊るチャールストンダンスが生まれました。パーティーでギルが踊っているものがそうです。20年代文化では一種の常識のようなものだったようで、こういった経緯からか、20年代をジャズエイジと呼ぶこともあります。


 このようにいろいろなものを詰め込んだ映画となっているので話が尽きないので書きませんが、このような背景や歴史について調べながらこの映画を見るとより面白く鑑賞できる作品かと思います。何度でも見直していただけると更なる発見があるのではないでしょうか。他にも〇〇のシーンについての感想は?とか〇〇はどういう意味?などあればコメント欄に是非書いていただけたら幸いです。
 
 この映画の他にもYouTubeにて映画についての話や雑談をしているので是非チャンネル登録をしていただけたらなと思います。このペースだと次の更新はいつになるのやら…(苦笑)…今回はここまで、ではでは…

映画「ミッドナイト・イン・パリ」

こんにちは、坂本です!

今日は、YouTubeラジオNo.41で紹介した映画「ミッドナイト・イン・パリ」について書こうと思います!因みに、この記事は映画未見の方向けにかいたものです.。

 

 今回、取り上げる映画「ミッドナイト・イン・パリ」は、名匠ウディ・アレン監督42作目(”監督”でこの数は驚異的!)の映画です。
 ウディ・アレン監督は、コメディアン出身という人物でロマンティック&コメディを主軸にして、またクラリネット奏者のジャズマンであることを生かして、自身の映画においてジャズを多用することで、スタイリッシュなロマンティック・コメディ映画に仕上げる監督として有名です。代表作として、77年のアカデミー監督賞、脚本賞などを獲得した映画「アニーホール」が有名です(見たことない方でも名前は聞いたことがある方が多いかと思います。この作品についてもいろいろ書くことがあるのですが別の機会に…)。本作では、舞台をパリにおいていますが、この作品においてもスタイリッシュかつロマンティックに仕上がっています



(あらすじ)
ギル(オーウェン・ウィルソン)は婚約者イネス(レイチェル・マクアダムス)と共に、彼女の両親の出張に便乗してパリを訪れる。彼はハリウッドで売れっ子脚本家として成功している人物だが、作家への夢も捨て切れずにいた。ロマンチストのギルは、あこがれの作家ヘミングウェイや画家のピカソらが暮らした1920年代の黄金期のパリに郷愁を抱いているが、旅先のパリで遇ったイネスの友人達には、現代からの逃避だ、と馬鹿にされてしまう。ある日、ワインの試飲会の帰りにギルが独りで夜のパリをさまよっていると真夜中の鐘と共に一台のクラシックカーが現れる。誘われるままに乗車するとギルはなんと20年代パリに迷い込んでしまうのだった…




 前置きが長くなりました(汗)僕は、小中高一貫して美術・音楽・歴史が好きでして(じゃあ、なんで理系の学生をしているんだ笑)、特に西洋美術史が好きなんですが、そういう人にとってこの映画「ミッドナイト・イン・パリ」はもう…俺得状態なのです!
 詳しく説明しますと、20年代のパリは経済的にも文化的にも隆盛期でして、世界各国様々な文化人が集まっていました。
作家のヘミングウェイやスコット・フィッツジェラルド、詩人のT・S・エリオットやガートルード・スタイン、絵画ではピカソにダリ、マティスやブラック、セザンヌなどもう枚挙にいとまがないくらいの世界的・歴史的な芸術家たちが集まっていました。これは、当時のアメリカで禁酒法が施行されていたため、多くのアメリカの知識人たちが酒を求めて(?)ヨーロッパに渡ってきたことと第一次世界大戦後のヨーロッパでは東欧の国々に比べフランスやイギリスの国内状況のほうが比較的に良かったことが理由に挙げられます。そんなパリで開かれていた戦後文化の原動力ともいえる文化人たちの華やかな社交界を主人公を通して疑似体験できる映画となっていますので、芸術が好きな人はぜひ見ていただきたいと思います。
 

まだまだ、色々と書きたいことがありますが、内容に触れることになってしまうので、次の記事で書きたいと思います!
あと、他にもYouTubeにてこの他の映画について話してもいるのでぜひそちらもチャンネル登録していただいて合わせてブログを見ていただけるとより面白いのではないかと思います。
ではでは…

映画「グラン・トリノ」で見た、ハリーキャラハンの死に様 (ネタバレ有)

こんにちは坂本です!毎日更新とか宣言していたのに早くも3記事目でそれを破ってしまって申し訳ありません(汗)

前回の記事からYouTubeラジオNo.36で取り上げた映画「グラン・トリノ」について引き続き書きたいと思います。以下ネタバレを含みますので映画をご覧になってから見ていただければ幸いです。





結論から書くと…この映画「グラン・トリノ」はこれからのアメリカを次の世代に託すというメッセージを込められた物語です。これをやんわりと伝えつつ感動的な話に描かれていてただ「すごいなァ」とため息しか出ませんでした。

主人公のウォルトはポーランド系アメリカ人です。これは、自動車産業を支えた人々の中でポーランド系アメリカ人が多くいたからだそうで、またこの映画の中では今までアメリカを主導してきた白人を暗喩しています。現代のアメリカでは白人の割合が少なくなり、今ではアメリカの人口の半分以上が有色人種であるため、それゆえ映画の中で息子たち(白人)にではなく、自分が認めた男であるタオ(黄色人種)にグラン・トリノを譲るラストになりました。
 この映画の中で登場するグラン・トリノは言わずもがなアメリカを象徴しており、ウォルトがグラン・トリノを磨き上げているシーンはウォルトが表す前世代の男達がアメリカを支えてきたんだということを直接的に表現しています。
 つまり自分の息子たちが当てにならないため、自分の認めた男タオにグラン・トリノを託すというのは、これからの時代は白色人種でなく有色人種の君たちなんだ、という意味が間接的に描かれています。(この当時、次期アメリカ大統領候補にバラク・オバマ氏が名乗りを上げていたことも少なからず影響しているのではないでしょうか。)こう考えると、この映画のキャッチコピー「俺は迷っていた人生の締めくくり方を。少年は知らなかった、人生の始め方を。」と言うのがより考え深いものに感じられますね。

 この作品には別の見方もできるのではないかなァとも思っていまして、それはこれまでのイーストウッドの集大成と言うものではないかと。なぜなら、映画のいたるところでデジャヴを感じたからです。
例えば、タオに対し落とし前をつけに来た従兄スパイダーにウォルトがライフルを突きつけるシーンは映画「許されざる者」や「ダーティハリー」を思い起こさせるものがあります。黒人のチンピラに対して銃をチラつかせてすごむシーンでは(流石に引退した老人にマグナム44を持たせていませんが。)手に汗握るものがありました。
 一番最後、一人でスパイダーたちモン族ギャングの家に乗り込むシーンでは、てっきりダーティハリーが炸裂するか?と期待してしまいましたが、実際は丸腰で相手に撃たせてタオをギャングから守るという選択でした。まさしく、身を挺してタオを守ると言うもので真の後継者を見つけたハリーキャラハンは最後こんな風に死ぬんかなァと一人で考えてしました。
 イーストウッドと言うと、西部劇のガンマンやダーティハリー(まァ、これも現代版西部劇のガンマンですが。)に代表される無法者の孤独なヒーローという印象があって最後は人知れず一人去っていゆくというラストが思い浮かぶんですが、ホントの最後と言うものは誰かのために、または自分の貫く正義のために命を投げ出して死ぬんだなァとヒーローものとしてはある意味あたりまえのことに妙に納得してしまいました…。
 このように、ダーティハリーや許されざる者などを一緒に見ていただければこの映画がより楽しくなると思いますので、それらの作品がまだ見られてない方はこれを機に是非ご覧下さい!

 床屋オッチャンに見られるイタリア系アメリカ人等に代表されるの少数的民族の迫害の話やモン族の歴史的・政治的な移民の話などなど、掘り下げればいくらでも掘り下げれそうではありますが、(こんな記事書いている僕よりもすごい優秀な脚本家さんなのだろうから当然か…)今回映画を見て一番印象的に感じたことを書きました。もしこの記事をみて〇〇が違うのでは?とか〇〇の所どう思った?などがありましたら、コメントを書いていただけたらと思います。

 あと、YouTubeにて映画についての話や雑談などをしておりますのでチャンネル登録していただいて合わせてこのブログを観てもらえればより面白いのではないかと思います。ではでは…

映画「グラン・トリノ」

こんにちは、坂本です!

今回は、YouTubeラジオNo.36で紹介した映画「グラン・トリノ」について書こうと思います!

(あらすじ)妻に先立たれ、息子たちとも疎遠な元軍人のウォルト(クリント・イーストウッド)は、フォード自動車の組立工の仕事を引退して以来無為な生活を送っていた。そんなある日、愛車グラン・トリノが盗まれそうになったことをきっかけに、モン族の移民である少年タオ(ビー・ヴァン)と知り合う。やがて二人の間に芽生えた友情は、それぞれの人生を大きく変えていく。


グラン・トリノとは、アメリカの大企業フォード・モーターが1968年から76年まで国内向けに発売したフォード・トリノと呼ばれる車種の一つで、72年型のグラン・トリノと呼ばれるものだそうです(僕よりもロボコップさんの方がこの方面は詳しいですね汗)。この72年型グラン・トリノは、72年以降の車はモデルチェンジしていてウォルトが持っているグラン・トリノは知る人ぞ知る車なのだそう。

因みに1972年の映画で、クリントイーストウッドとくれば…ダーティーハリーですね!

(感想)
最高でした!!
個人的に、僕はクリントイーストウッド監督の作品は「ミスティックリバー」、「許されざる者」から入ってしまったのでこの二つのどよ~んとした重い作風をうけてこの「グラン・トリノ」は敬遠してしまっていたのですが…観たらもう最高。上で挙げた二つの作品の特徴が上手く取り入れられつつも、その二作品と異なり感動的な話に仕上がっているところがとてもよかったです!もし、クリントイーストウッド”監督”作品を見たことがない方がいるとするならこの作品を一番にお勧めしたいと思います!

また、眠くなってしまったまとめきらなかったので、次の記事で細かなレビューを上げたいと思います!
あと、よろしければチャンネル登録もお願いします!

ではでは…おやすみなさい…zzz
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